+主教イグナシオ
欅の坂みち 2023年3月号
昨年秋頃からいろいろなものの値上がりが続いており、特に水道光熱費として電気代やガス代の値上がりが顕著で、教会財政にも影響してきているようです。
今まで、主教館の暖房はガスストーブが主でした。スイッチを入れればすぐに暖かくなるのですが、ここのところのガス代の値上がり幅を思うと、環境にはどうなのかと思いつつも押入にあった石油ファンヒーターを使わざるを得ません。
そして、古い灯油を手動ポンプで給油して恐る恐る使ってみましたが、なんとかうまくいきました。
次は、ポリタンクを車に乗せ、買い物ついでに灯油を買いに行きました。灯油は近くのガソリンスタンドで容易に手に入れることができたのですが、その灯油をポリタンクからストーブのタンクに移し替える電動のポンプが、どこへしまい込んだのか見当たりません。ホームセンターに買いに行っても、季節ものは既に売り切れ状態でした。
本来はこうしたことが当たり前なのですが、しかし、日本ではいつでもどこでも二四時間、欲しいものが欲しい分だけ手に入るということに慣れ過ぎてしまっているためか、必要なものが手に入らないことの痛みを改めて身をもって思い知らされました。
考えてみれば、不足と不自由の中でどのようにして必要なものを確保するか、むしろそちらが普通であって、いつでもどこでも必要なものを必要な分だけ手に入れられるということの方が、ある意味、特別な環境であることを忘れてしまっていたのだと思います。
あまりにも能天気過ぎるのですが、それが日常となってしまっている私たちの生活を、今一度、じっくり見なおしてみる必要がありそうです。
その時初めて、世界で困窮している人たちの痛みが自らの痛みと重なり合ってくるのだと思うのです。