+主教イグナシオ
欅の坂みち 2023年4月号
コロナの前は、CO₂削減と時間の正確さを考えて、神奈川県内と千葉県北総地域は電車とバスを使うようにしていたのですが、コロナが始まってからは、できるだけ人込みを避けるという意味で車を使う機会が多くなってしまいました。環境のことを思えば公共交通機関を利用した方がいいのは明らかなのですが、コロナ感染のリスクを考えると、車を選択する機会が以前よりも増えました。
特に巡杖に出掛けるときは、式服に加え、マイターや牧杖も持って行かなくてはなりませんので、それらをまとめて一つのキャリーケースに入れて駅の階段を上り下りしなければならないことを考えると、車は確かに楽なのです。
近頃は多くの駅でエスカレーターやエレベーターが整備され、重くなったトランクを抱えて上り下りする機会もだいぶ減ってきてはいるのですが、混雑した中でキャリーケースを転がしながら人の流れに合わせての移動には気を使います。車は渋滞というリスクはあるのですが、荷物をそのまま乗せられるので正直、簡単に思われるのです。
私自身も含めてなのですが、人間というのは、どうも楽な方に流されていく傾向があります。
楽というのは、言い替えれば自分の思い通りに近いということではないでしょうか。やりたいことだけをやれるのであれば、それがいちばん楽で悩まないのです。しかし、それこそがパンだけで生きようとする人間の罪、愚かさといえましょう。
荒野の誘惑で「神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」(マタイ4・4)と答えられ、十字架の死に至るまで御父のみ心に従われたイエスさまの苦悩を憶えながら、ごいっしょに十字架の道行を辿り、そしてご復活の朝をお迎えしましょう。