+主教イグナシオ
欅の坂みち 2023年8月号
主日に巡杖から戻り、その夜、大河ドラマを見るのは一つの楽しみです。内容によって必ずしも毎年、見ている訳ではないのですが、戦国ものは、その一つの判断が生死を分けるような場面がしばしば登場するせいか、その緊迫感の中に感動があります。もちろん史実とは異なる脚色がなされていますから、そこはフィクションが含まれていることも踏まえて見る必要はあるのですが。
今年の大河は「どうする家康」で、かなり脚色がされているということを聞きます。しかし、人の生死を懸けた生き様(死に様)が現れる場面は、ついつい見入ってしまいます。
七月二日に放送された第二五話では、家康の妻である瀬名が、信長に背いて武田と手を結ぼうとする策が信長に知られてしまい、その責めを負って命を絶つところでした。世に悪名を晒されると語る家康に対して瀬名は、「平気です。本当のわたくしは、あなたの心におります。」と答えます。
私たちの心の中にも、既に世を去った愛する人たちが、過去の思い出として確かに生き続けています。瀬名が家康に語った意味も同じでしょう。その意味で、世を去った人は私たちの中に生き続けているのですが、それはあくまでも私たちの中の過去の思いです。
しかし、イエスさまがそのご復活をもって示された命は、過去の思い出の中にではなく、これから、私たちが向かっている将来に約束されたものであり、その確かさによって、既に今、私たちはその命に生かされている、と言えるものです。
それは、過去の奴隷となっていたエジプトの地を懐かしんだイスラエルの民の思いではなく、これから向かっていく乳と蜜の流れる地、つまり神さまが約束されたところにひたすら思いを馳せ、信じて今を生き、歩み続けていくところにあるのだと思います。