【教区主教メッセージ】礼拝指針の警戒レベルを上げることについて(2022年1月14日) 詳細

社会委員会ニュースレター『ちいさな手』24号「寿町との出会い」ほか

『ちいさな手』は社会委員会が定期発行するニュースレターです。

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目次

寿町との出会い

 寿町の食事作りに参加させていただくようになったのは、横浜聖アンデレ教会時代の2014年頃だったように思います。

 横浜聖アンデレ教会には横浜教区寿町プロジェクトチームがあり、お米を中心に食料品や衣類を募集して寿町に届け、さなぎ食堂を側面から支援したり、また傾聴ボランティアのグループもありました。教会の一隅にあちこちからの支援物資が山積みにされていて、それを皆で仕分けして車に積み込み、寿町に届ける様子を思い出します。

 ある時「寿町で食事作りを手伝ってくれない?」と声を掛けられました。それは横浜教区のプロジェクトとは別のグループの働きでした。

 あまり詳しいことも説明されず「とにかく今度の木曜日朝9時に石川町の駅で待っているから」とのことです。

 大人数の食事作りは学校時代から、そして牧師館生活も長かったので苦にはなりません。そういう形で寿町にほんの少しでも関わることができればと思い、エプロンと三角巾をバッグに入れて石川町の駅に出掛けていきました。

 駅の向こう側は賑やかな中華街。それとは反対側の寿町はグレー一色。地面の色から違っているように見えました。

寿町の風景

 「木楽な家」と書かれた小さなビルの一階にその台所はありました。白髪のおじいさんが一人お湯を沸かしたり何やら働いておられます。寿町の住人であり、この食事会の世話人のAさんでした。

 5人も入ればいっぱいの台所に6、7人のボランティアのメンバー。身動き取るのも声掛け合ってという感じです。狭い階段を上って二階に小さなロッカーがあり、身支度を整えて再び一階の台所へ。調理台の上には今日の材料が揃えられてありました。その日の献立は確かサクサクハンバーグ。ひき肉の中に豆腐、人参、しめじ、レンコンを刻んで入れます。それにキャベツともやしのお浸し。味噌汁の具は何だったっけ……。

 Aさんはしばらく皆とおしゃべりをしてご飯のスイッチを入れたら、いつの間にかどこかへ姿を消しました。

 その頃決まってガラガラッと戸を開けて「材料大丈夫でしたか?」と声を掛けてくださる小柄な女性。飾り気のない日に焼けた顔で「よろしくお願いします!」と忙しそうに去っていかれる。それが寿町で何年も住み込んで働いておられる三森牧師さんだと後でわかりました。料理の材料をいつも買いそろえておいてくださっているのでした。

 狭い台所、限られた材料で、他の場所では考えられないような工夫をしながら美味しいご飯ができていきます。

 所属する教派も全く異なり、どこに住んでいるのか、どんな背景を持っておられるのか、お互いにほとんど何も知らない6、7人の仲間がこの小さな働きを共にするというのは、この上もなく楽しいことでした。よくしゃべり、よく笑いました。

 出来上がる頃には、Aさんがいつの間にか現れます。重たい三升炊きの釜を大きな声でえいやっとワゴンに乗せてくれます。

 それはAさんの力の見せどころでした。腰を痛めてだいぶ弱ってきてからでも、誰にもその仕事をやらせないのです。皆心配してハラハラでした。土色の顔をしてふらふらと倒れたこともありました。それでも譲ろうとしないAさんの姿にはどこか悲しみが漂っているようにも思えました。訳あって寿町に暮らしておられるのでしょう。それでも何年か前には一度は離れた家族とも繋がり久々の家族との食事の様子を嬉しそうに話してくださいました。

 その重たい釜を乗せたワゴンを3階の食堂まで小さなエレベーターで運びます。出来上がった料理も器もすべて何回にもわけて3階まで運びます。

 入口にはもうすでに何人もの人が並んで食堂が開くのを待っています。   

 一食200円。入れ替わり立ち替わり顔馴染みの方々が食べに来てくれます。

 狭い食堂は一気に活気が溢れて、給仕する側と食する側が混然一体となっていきます。50食分の食事はあっという間になくなり、あとは作った私たちが食べる番。ほっとして来月の相談などしていると「待ってました!」Aさんがコーヒーを淹れて運んできてくれます。これが本当に美味しいのです。みんながこれを楽しみにしているのをAさんも分かっていて、ちょっと照れくさそうにそっけなく置いていってくれるのです。

 後片付けをして石川町で皆と別れます。

 こんなささやかな楽しい交わりが私の寿町との接点です。

 先日オンラインで三森牧師さんの講話がありました。寿町の歴史と、長い間そこに暮らして働いてこられた三森さんの存在を改めて知りました。「木楽な家」の台所で出会うジーンズ姿の先生とは少し違って見えた三森さん。“三森先生”と呼ぶと必ず“先生”はここではやめてくださいときっぱりと言われます。

 三森牧師さんを始め寿町を支える多くの方々の根強いお働きの中で、私たちのささやかな働きもまた用いられているのだなぁと感じました。

 思いがけないお声掛けにより始まった寿町での食事作りですが、豊かな出会いを頂いたことを感謝しています。

 コロナ禍でしばらくお会いしていないAさんはどうしておられることでしょう。Aさんが淹れてくださる美味しいコーヒーがまた飲める日を楽しみに「木楽な家」のボランティア再開の時を待っています。

マリヤ 三原京子
(鎌倉聖ミカエル教会信徒)

コロナ禍の中、精神障がい者支援の働きは今…
~戸塚区生活支援センターの働き~

 社会福祉法人聖ヒルダ会が運営する「戸塚区生活支援センター」は、精神障がいのある方の日々の生活での困りごとや不安、悩みなどの相談、フリースペースを利用したプログラム開催による交流・活動の場の提供、生活支援としての食事や入浴サービスの提供等を通して地域での生活を支援する福祉施設です。

センター内

 昨年から続く新型コロナ感染症により、感染症自体の恐怖や不安、日常生活への様々な影響によりご利用者の方々にとっても日々強いストレスがもたらされています。さらに、緊急事態宣言やまん延防止等に伴う自粛生活によって、他の人とのコミュニケーションが少なくなってしまいました。そのため、孤立感や孤独感が強くなることによる相談も多くあります。

 感染者数が急増していた時期には、訪問や面接による相談を拒否される方もあり状況の変化を把握するのに電話による相談だけでは難しい期間もありました。今では当たり前になりましたが、感染防止のアクリル板やレジ前にビニールシートが張られるようになったころ、そのことに不安を感じた方は買い物に行くことができずにいました。外出することに不安を感じていた方はごみを集積場までもっていくことができず自宅にたまってしまっていることもありました。

 定期的に通所していたデイケアや作業所などの通所施設の休止や利用制限、訪問介護など生活に必要なサービスの利用を控えてしまうことなどにより、これま での生活リズムにも影響を受けてしまう方が増えました。

 このように周囲の状況が大きく変化するような出来事があると、人は精神疾患を発症したり、状態が安定した人でも再発や悪化したりする場合があります。

 例えば、統合失調症などの精神疾患を罹患しているにもかかわらず、過度な自粛生活からストレスが強くなる、受診や内服薬の中断をしてしまう方がいます。病気の症状が落ち着いていたとしても、それは定期的な受診や内服薬を飲んでいたからです。それにもかかわらず、定期受診や内服薬を中断してしまうことで、病気の状態が悪化するリスクが高まってしまいます。

 こうした精神的な影響を軽減するため、できるだけ生活リズムを整えるようにすることや、他の人とコミュニケーションを取ることが大切です。電話や面談による相談の中でも思いや不安を聴くこと、ご本人は誰かに話すことで安心することや自分の気持ちを整理することができることがあります。また、交流の機会としてプログラム等を継続して提供できるように制限を設けながらフリースペースの運営を継続してきました。不安な時ほど地域の中に障がいのある方が安心して参加でき、話をすることができる機会が増えることや居場所があることの大切を感じています。

 精神疾患や精神障がいについての知識や理解は様々な啓発活動などにより以前に比べ進んでいることは確かだと思います。しかし実際の生活場面や身近なところで精神障がいのある方が受け入れられるにはまだまだ多くの課題があるのも事実です。特に地域の一人暮らしを支える自立生活アシスタント事業、精神科病院に長期入院している方の退院支援を行っているなかで住まいについての支援には特に難しさを感じます。病気や障がいの理解にとどまらず、ひとり一人の意識が少しずつでも変わることで、すべての人が安心してそのひとらしく暮らすことができる社会が実現することを願いながら日々のかかわりを続けていきたいと思います。

ルカ 橋本真也
((福)聖ヒルダ会戸塚区生活支援センター長 横浜聖アンデレ教会信徒)

ガンバの会の活動について

 当法人の活動の始まりと広がりをお伝えする機会をいただき感謝しております。

 市川八幡キリスト教会の有志で1997年11月に路上で生活せざるを得ないホームレスのところにおにぎりをもって訪ねた事がはじまりです。千葉県市川市でも河川敷、公園やJR駐輪場で寝ているたくさんの方を目にしていました。きっかけは当法人の副田理事長が1996年に市川八幡キリスト教会の牧師として就任され、それまで九州で活動されていたホームレス支援の話を礼拝メッセージの中で語られたことにあります。

 聖書に書かれている貧しい人、虐げられている人、社会の片隅に追いやられている人は今でいうホームレス、その方たちにイエス様は近づいていかれ、共に生き、愛された。イエス様に出会った人たちは顔を上げ、これまでの生き方ががらりと変わった様が読み取れます。

 「聖書ってホームレス支援が書かれているんだね」と教会の仲間たちと話をしたことがあります。わたしたちの住むこの地域にもたくさん路上で寝ている人たちがいる、その方たちに会いに行こう。若者たちを中心に夜間パトロールを開始したのです。

 教会から市民ボランティアの会として定期的にパトロールを行うようになり、2003年にNPO法人となり、活動が広がっていきました。

 活動当初からもう24年がたちました。私たちの会はいつかなくなるのが目標でした。それは私たちのような民間団体がホームレス支援をおこなわなくても、声がだせない弱く小さくされている人たちをひとりも取り残さずに支援できる社会になっていることを願っていました。

 しかし、「助けて」と当法人に寄せられるメールや電話は増える一方です。特に一昨年からのコロナウイルスの影響は大きいものでした。路上生活者は減少したものの、ネットカフェや派遣の寮、日雇いの飯場など住民票を置かずに不安定居住をしている方はかなりの数になり、これまでは何とか食べることができていた方たちが一挙に仕事を失い、住むところを失ってしまいました。昔の方のように橋の下にテントをはって路上生活ができるような力もありません。若者の相談者が増えているのも特徴です。

 事務所に来ていただいて、お話を聞き、こちらのできる支援をお伝えしたうえで、当法人が運営しているシェルターに入っていただきます。シェルターから生活保護を申請し、一般の住宅に入居し、住民票を復活させることをお勧めしています。

 年間50名くらいの方がシェルターから一般のアパートに入居されています。その時の物件紹介、保証人提供も行っています。

 以前の相談者は60歳以上が多く、様々な理由で仕事や住まいや家族を失った方で、ホームの経験があり、話の途中で昔を思い出して涙ぐむ方もおられたのですが、最近の若者は親も兄弟もおられるのに、ぜったいに顔も見たくない連絡も取りたくないとおっしゃいます。わたしたちは家族的な伴走型支援を目指していますが、心が通わない、ホームの大切さが伝わらない、事によっては私たちの支援が疎ましくも感じているように思います。時代の流れとともに支援の課題も見えてきました。

 しかし、一人ひとりとの会話を大切に、一緒に喜び、励まし、慰め、時に叱ることもしながら、いつか人との信頼関係を築いていく力が備わるように祈り支援を続けていきたいと思っています。

鹿島美紀子
 (認定NPO生活困窮・ホームレス自立支援ガンバの会)

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NPOガンバの会

社会委員ニュースレター「ちいさな手」第24号 2021年12月08日発行
編集責任者:宣教主事 司祭 サムエル 北澤 洋
編集・構成:司祭 テモテ 姜 暁俊
社会委員:司祭 ダニエル 竹内 一也、司祭 トマス 吉田仁志、エステル 近藤 順子(横浜聖アンデレ教会)、ペトロ 勝沼正和(横浜山手聖公会)

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