「わたしはぶどうの木 あなたがたはその枝である。」

司祭バルナバ大野清夫
市川聖マリヤ教会牧師

復活節第六主日

主イエスはぶどうの木を例に、教会とは何か、キリスト教信仰とは何かを語っています。教会とは主イエスにつながり、その枝を通してキリストの命が注がれる共同体なのです。


この「つながる」(メノー)という言葉は「とどまる」という意味を含み、新約聖書においてこの箇所に集中しています。ヨハネがこのたとえで訴えたい教会の姿、信仰のありかたがおのずと見えてきます。キリストにとどまること、つながっていることがわたしたちの命なのです。


神に造られたわたしたちは、イエス・キリストにつながり、キリストの愛と命を受けて生きています。神に命を与えられているからこそ迫害に遭っても強いのです。わたしたちは、日々神によって変えられて、やがては愛そのものとなっていく存在なのです。そのことを知識ではなく命の奥底から知ることをキリストは望んでおられます。


しかしわたしたちの現実は異なっています。その現実に対して主イエスは、「わたしの話した言葉によって、あなたがたは既に清くなっている」と励まされます。そして豊かな実へと導かれるのです。


ヒエラルキーとは聖職制度に関わる言葉ですが、聖なる始まりという意味を含みます。聖なる始まりとはイエス・キリストのことです。このイエス・キリストの愛と命に人々をつなげる奉仕職が聖職なのですが、なかなか十全ではありません。


わたしが最近気づくことは「自分」という意識が薄れてきたことです。僅かですがキリストのイコンとしての司祭職が備わってきているのか、備わってきていないのかと思います。それと同時に物忘れもするようになりました。


ある日、買い物から帰って財布のないことに気づきました。あちこち探したのですが見つかりません。しかたなく交番に届けようと思い玄関へ行くと、靴箱の上に財布が置いてありました。


探し物がなかなか見つからないのが人生かもしれません。しかし新しい発見が多くなるのも人生です。新たな気付き、広い視野が徐々に与えられてくるように感じます。


自分が何者か、どのような価値があるのか、何をなすべきか。それらを思い悩む季節は終焉を迎えつつあります。神の命によって、ただただ生きる季節の到来です。


幼少期の映像が昨日のように蘇ります。そのイコンを通して不可知な世界が垣間見えて来るように思います。新しい何かが自分の中で始まっています。自分の内面で新しい自分が胎動していることを感じるのです。


失われたものも多いのですが、増し加わるものも多いのです。それは「あたかも一人の子どもがあなたから生まれ、人生の終わりを越えて続く命になる」と語るドイツ人の心象風景と重なります。


神は常にわたしたちに働きかけてくださり、新しい人を造り続けておられるのです。そのためには、キリストとつながる静かな時、たおやかなやまなみ、天空を翔る鳥たちへの洞察などが助けとなります。

(『横浜教区報』2023年5月号巻頭言より)

以下の使徒言行録、使徒書、福音書は『聖書 新共同訳』より引用しました。
©︎共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
©︎日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

使徒言行録 17:22-31

22パウロは、アレオパゴスの真ん中に立って言った。「アテネの皆さん、あらゆる点においてあなたがたが信仰のあつい方であることを、わたしは認めます。 23道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう。 24世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。この神は天地の主ですから、手で造った神殿などにはお住みになりません。 25また、何か足りないことでもあるかのように、人の手によって仕えてもらう必要もありません。すべての人に命と息と、その他すべてのものを与えてくださるのは、この神だからです。 26神は、一人の人からすべての民族を造り出して、地上の至るところに住まわせ、季節を決め、彼らの居住地の境界をお決めになりました。 27これは、人に神を求めさせるためであり、また、彼らが探し求めさえすれば、神を見いだすことができるようにということなのです。実際、神はわたしたち一人一人から遠く離れてはおられません。 28皆さんのうちのある詩人たちも、
『我らは神の中に生き、動き、存在する』
『我らもその子孫である』と、
言っているとおりです。 29わたしたちは神の子孫なのですから、神である方を、人間の技や考えで造った金、銀、石などの像と同じものと考えてはなりません。 30さて、神はこのような無知な時代を、大目に見てくださいましたが、今はどこにいる人でも皆悔い改めるようにと、命じておられます。 31それは、先にお選びになった一人の方によって、この世を正しく裁く日をお決めになったからです。神はこの方を死者の中から復活させて、すべての人にそのことの確証をお与えになったのです。」

詩編 148:7-14

7 地において、主をたたえよ‖ 海とそこに住むものよ、主をたたえよ
8 稲妻とあられ、雪と霜よ、主をたたえよ‖ み言葉を成し遂げる嵐よ、主をたたえよ
9 山と丘よ、主をたたえよ‖ 実を結ぶ木、すべての杉よ、主をたたえよ
10 野の獣、すべての家畜よ、主をたたえよ‖ 地をはうもの、翼ある鳥よ、主をたたえよ
11 地を治める王、すべての民よ、主をたたえよ‖ すべての支配者、裁き人よ、主をたたえよ
12 若者とおとめたちよ、主をたたえよ‖ 年老いた者、子供たちよ、主をたたえよ
13 すべての者よ、主のみ名をたたえよ‖ み名のみがあがめられ、その栄光は天地を覆う
14 神は、その民の角を上げられた‖ すべての忠実な僕たち、イスラエルの子らは賛美の声を上げる、ハレルヤ

使徒書 ペトロの手紙 Ⅰ 3:8-18

8終わりに、皆心を一つに、同情し合い、兄弟を愛し、憐れみ深く、謙虚になりなさい。 9悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。祝福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです。
10「命を愛し、
幸せな日々を過ごしたい人は、
舌を制して、悪を言わず、
唇を閉じて、偽りを語らず、
11悪から遠ざかり、善を行い、
平和を願って、これを追い求めよ。
12主の目は正しい者に注がれ、
主の耳は彼らの祈りに傾けられる。
主の顔は悪事を働く者に対して向けられる。」
13もし、善いことに熱心であるなら、だれがあなたがたに害を加えるでしょう。 14しかし、義のために苦しみを受けるのであれば、幸いです。人々を恐れたり、心を乱したりしてはいけません。 15心の中でキリストを主とあがめなさい。あなたがたの抱いている希望について説明を要求する人には、いつでも弁明できるように備えていなさい。 16それも、穏やかに、敬意をもって、正しい良心で、弁明するようにしなさい。そうすれば、キリストに結ばれたあなたがたの善い生活をののしる者たちは、悪口を言ったことで恥じ入るようになるのです。 17神の御心によるのであれば、善を行って苦しむ方が、悪を行って苦しむよりはよい。 18キリストも、罪のためにただ一度苦しまれました。正しい方が、正しくない者たちのために苦しまれたのです。あなたがたを神のもとへ導くためです。キリストは、肉では死に渡されましたが、霊では生きる者とされたのです。

福音書 ヨハネによる福音書 15:1-8

1「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。 2わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。 3わたしの話した言葉によって、あなたがたは既に清くなっている。 4わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。 5わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。 6わたしにつながっていない人がいれば、枝のように外に投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。 7あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる。 8あなたがたが豊かに実を結び、わたしの弟子となるなら、それによって、わたしの父は栄光をお受けになる。

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